ゆとり世代は甘えているのか。
今回は「ゆとり世代」への悪い印象について、
どっぷりゆとり世代である私自身が思っていることを書いていこうと思います。
そもそもですが、
時代の流れは繰り返すもので、ゆとり世代に限らず、最近の若い子は…といつの時代もよく言われた者です。
なので、別にゆとり世代だからずば抜けてどうしたという事でもないのかもしれません。
敢えて、言うならと言う話をします。
先生や親に怒鳴られ、叱られ生きてきた経験は他の世代と比べたら少ないのかもしれません。
余裕をもって、一人一人の個性を大事に、優劣は付けずに、のびのびと育てましょう!!!
そう大人達は一丸となって育てたわけです。
そうして育てられた子供たちは、あまり我慢、忍耐、という感覚を持たずに育ちました。
自分のやりたいことを社会に縛られずにやっていきたい。
もしくは、誰にも感化されず、出来るだけ働かずに生活していきたい。
とか、思う人が多いのではないでしょうか。
他人にガミガミ言われることを嫌う私たちは社会に出て最初に困惑するわけです。
仕事をするしない、出来るできない、ではなく、立場や空気を読んで、仕事ではない部分に命をかけているようにみえる大人たちに。
やりたくない事も仕事以外の付き合いもこれが出来たら大人になるって事だ
俺たちは毎日やっているんだ
だからお前も出来るようになれ
楽しい仕事なんてこの世にはないぞ
学生の時に散々、夢を持て、やりたいことを見つけろ、そう言われた私たちは社会人になる事がどんなにつまらないことかを教えられるのです。
特に、比較的個性とか個人を尊重されてきた私たちは社会人になっていきなり「俺たちのやり方に従え」と言われてしまうわけです。
そこで、自分は従いたくないと思った人が、すぐ辞めてしまうのかもしれません。
それは、忍耐力がないとか、甘えているとかの話ではなく、
そもそもそんな我慢ならしたくない
と、思う人が多いのだと思います。
私たちは我慢すること、所謂、修行のようなものにあまり価値を感じないのです。
長年、耐え忍んでなにも言わない師匠から必死になって技や芸を盗むより、
最初から教えてもらったほうが手っ取り早いじゃないか。
調べればなんでもわかる情報社会で育った私たちは効率的なほう、楽な方へと向かう事が当たり前なのです。
でないと、目まぐるしく変わる社会のスピードについていけないのです。
勿論、修行の大切さもわかってます。
ただマニュアル通りに教えてもらっただけじゃ習得出来ないことも山ほどあります。
でも、じゃあ、一回やり方教えてもらえれば、出来るようになるまで頑張ります。
そう答えたくなってしまいます。
答えを知っているのに教えてくれないのは、ただただ非効率で、教えてもらえない方が困るだけの、なんとも無駄な時間だと思うのです。
ここが、ゆとりは甘えてると言われる所以なのかもしれません。